女性とてんかん
てんかんの患者さんの中には、発作があるので、一般の方と同じような日常生活や社会生活をおくることができないと考えている方がいらっしゃいます。しかし最近では薬物治療や外科治療などの進歩によって、適切な治療を受ければ、普通の日常生活をおくることができ、結婚などもできます。もちろんパートナーになる方の理解や協力も必要となりますが、多くの女性患者さんが幸せな結婚生活をおくっています。
また、てんかんが妊娠・出産に影響するかもしれない、また服用している抗てんかん薬が胎児に影響するかもしれないといった不安は大きく、そのために色々な情報に振り回されて、妊娠・出産をあきらめてしまう方もいるようです。しかし、実際にはてんかんの治療薬を服用しながら健康なお子さんを出産している方はたくさんいらっしゃいます。
妊娠・出産についてのリスクは一般の人と大きく変わることはありません。ここでは、多くの方が抱かれる妊娠・出産・育児についての疑問を順を追って詳しく解説していきます。大事なことは不安ばかりを抱え込まないこと、疑問があったら迷わず主治医に相談することです。
月経とてんかん発作
てんかんのある女性の約2/3は月経期に発作が増えるといわれています。しかし、月経期間中にだけ発作が起こる「月経てんかん」は、女性のてんかん患者さんの5%程度といわれています。
その原因は、女性ホルモンの上昇、電解質(血液中のナトリウムやカリウムなど)のバランスの変化、体内の水分貯留の増加、血中の抗てんかん薬濃度の低下などが考えられていますが、原因は特定されていません。このような場合には、抗てんかん薬の調整をしながら様子を見ていきます。
抗てんかん薬の影響
抗てんかん薬の中には、月経、体重、骨、多毛や腫れなど様々に影響するものもあります。そのような副作用が見られる場合は、主治医に相談してください。
抗てんかん薬による治療で注意すること
月経への影響 (性ホルモンへの影響) |
抗てんかん薬の中には、脳のホルモンを調節する部分に影響して、女性ホルモンの量を変化させて、月経の期間を延長するものがあります。 |
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体重への影響 | 抗てんかん薬の中には食欲を高める作用を持つ薬があり、体重の増加することがあります。また、眠気などが現われて、日中の活動性が減るようなことも体重に影響することがあります。 |
骨への影響 (骨代謝への影響) |
ごくまれに、抗てんかん薬を長期間にわたり服用している人に、血液中のカルシウムの減少がみられることがあります。特に複数の抗てんかん薬を飲んでいる人に起こる傾向があり、女性では骨粗鬆症が起こりやすいため注意が必要になる場合があります。 |
多毛、歯ぐきの腫れ | 多毛や歯ぐきの腫れが出やすいとされる抗てんかん薬があります。最近では副作用が出ないよう使用量を調節することで非常に少なくなりました。また、歯ぐきの腫れは歯磨きなどで口の中を清潔にすることで軽減できるようになりました。また、毛深くなる原因として、多嚢胞卵巣症候群を起こした場合の可能性がありますので、そのような症状が見られる場合は主治医に相談してください。 |
妊娠
てんかんを持つ患者さんは病気を理由に子供を持つことに悩んでいる方も多いと思いますが、妊娠前から気を付けていれば、妊娠してから対応するよりも胎児や自分自身への影響が少なくて済みます。
妊娠可能な年齢になったら
妊娠可能年齢の方で、パートナーがいらっしゃる方は妊娠する可能性があると考えておく必要があります。またパートナーとの話し合いの結果、子供を望むのであれば、まずはそのことを医師に相談してください。安全・安心な妊娠・出産をするためには主治医とよく話し合い、色々な指導や注意を受けることが重要です。
主治医は、現在服用しているお薬について、妊娠したときの胎児への影響を検討し、場合によっては飲む薬の量や種類を見直すこともあります。自分の判断で飲んでいる薬の量を減らしたり、飲むのを止めてしまうのは大変危険なので、まずは、医師の指示どおりに服用して、自分自身のてんかん発作をコントロールするようにしましょう。
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妊娠に向かって準備すること
てんかんの重篤度及び実際に赤ちゃんを育てながらの生活が可能かなどについて、ご家族を交えて主治医と相談しながら、妊娠・出産が現実的であるかを判断していきます。
最終的な決定はご本人に委ねられますので、実際に協力してもらうことになるご家族とよく相談することが大切です。できれば妊娠の6ヵ月~1年以上前からなるべく時間をかけて準備することをお勧めします。
主治医から伝えられる妊娠に関する情報には以下のようなものがあり、これらは発作の種類や患者さんにより異なります。説明を良く聴いて、分からないところは積極的に質問し、良く理解して判断の材料にしましょう。
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妊娠に際して主治医から得られる情報の例
- 妊娠中における発作の起こりやすさの変化
- 胎児に対する抗てんかん薬の影響
- 妊娠から出産に至る道筋
- 新生児への抗てんかん薬の影響
- 産後の経過
- てんかんの遺伝性
- 子供の発達について
- その他
避妊について
抗てんかん薬を飲んでいることでの影響は考えなければなりません。妊娠は計画的に、また避妊は確実になるべく複数の方法で行うようにしてください。
1)経口避妊薬への影響
一部の抗てんかん薬と経口避妊薬を一緒に飲むと経口避妊薬の血液中の濃度が半減し、避妊効果が弱くなることがあるので、注意が必要です。同様に緊急避妊ピルの効果も低下させます。経口避妊薬は効果の高い避妊法ですが、抗てんかん薬を服用している方は、他の避妊方法も併用した方が良いでしょう。
2)計画妊娠
主治医に相談して計画的な妊娠を考えましょう。計画妊娠の目的は「催奇形性のある薬をできるだけ影響が少ない状態に調整すること」です。胎児への影響が最も少なく、かつ効果のある薬に調整していくことが計画妊娠で最も大事です。
妊娠したら
1)妊娠のしやすさへの影響
てんかんや抗てんかん薬は妊娠のためのホルモンに影響することが知られています。妊娠を希望しても1年以上妊娠しない場合には、ホルモン検査などの不妊検査を受けるのも良いでしょう。不妊の原因として高プロラクチン血症、下垂体性無月経、多囊胞卵巣症候群、高アンドロゲン血症などが見つかることがあります。適切な治療を受ければ妊娠の可能性は高まりますので、産婦人科医と良く相談してください。
2)妊娠中の発作
妊娠するとてんかんの発作回数が変化することがあります。調査によると、16%の女性で妊娠した後の発作回数が増加したとの報告があります。但し、その主な原因は抗てんかん薬の不規則な服用や睡眠不足によるものと言われています。医師の指示に従い、きちんと抗てんかん薬を服用し、睡眠不足にならないように気を付けることで発作回数の増加は抑えられると考えられています。
出典:K Otani. Folia Psychiat Neurol Jpn 39(1):33-41,1985より作図
3)てんかん発作が妊娠及び胎児に与える影響
現在のところ妊娠中にてんかん発作を起こすことと、生まれてくる子供に障害が起きることの間に関連性は認められていません。但し、発作を繰り返し起こす発作重積状態の場合は胎児の死亡例も報告されています。また妊娠中にてんかん発作を起こすことにより胎児は低酸素状態になると考えられ、それにより切迫流産や切迫早産が起こることがあります。但し、流産する確率は1%と言われています。
(兼子直:難治性てんかん患者と妊娠、精神科治療学 8:909-918, 1993)
4)抗てんかん薬による胎児への影響
てんかんの治療に用いられる薬剤のために、生まれてくる子供に障害が起きたり、子供の発育に遅れが生じる可能性が少なからず存在します。特に胎児の体の器官が形成される妊娠初期に影響が見られることがあります。
胎児に生じる障害例
- 髄膜脊髄瘤 (二分脊椎を含む)→中枢神経系の異常
- 心室中隔欠損→心臓血管の異常
- 口唇口蓋裂→くちびるやその骨格に見られる異常
- 泌尿生殖器系の異常
5)妊娠中の薬の服用
現在では、妊娠初期の薬の量を調整したり、胎児に障害の現れる割合をできる限り減らすことのできる薬剤の使用が可能になってきたので、必ず主治医と相談してください。妊娠から出産にかけて一番大事なことは、発作を起こさないようにすることです。胎児のことを思って、少しでも薬の影響を減らしたいと思い、処方された抗てんかん薬を減量したり、自己判断で止めることは妊娠に大きな危険を伴います。発作による転倒や事故のリスク、また、てんかん発作を起こしている間は、胎児が低酸素状態になる危険がありますので、母胎の体調を安定させることが最優先されます。また、胎児が成長すると母親の体重が増加していきますが、抗てんかん薬によっては体重増加に伴って血中濃度が低くなることで、薬の効果が弱まることもあります。妊娠期間中は主治医の指示に従って薬を服用し、規則正しい生活を送るよう心掛けましょう。
葉酸の補充について
葉酸はビタミンB群のひとつで、ホウレン草などの緑黄色野菜や豆類に多く含まれています。妊娠時は、日頃から栄養バランスなどに気を付けるとともに、ビタミンを多く摂取する必要がありますが、特に葉酸は不可欠です。厚生労働省では、障害の1つである神経管閉鎖障害のリスクを低減させるために、妊娠を計画している女性は妊娠3ヵ月前から葉酸を摂取するよう呼びかけています。
また抗てんかん薬には、体内の葉酸を減少させるものがあるため、抗てんかん薬のガイドラインでも、一定量の葉酸を処方するよう奨めています。そのため、妊娠中には葉酸の血中濃度を測定したり、必要に応じて葉酸を処方することもあります。
葉酸は処方薬のほか、サプリメントとしてドラッグストアでも購入可能です。
てんかん診療ガイドライン(2018)により推奨されている補充量は妊娠前で1日0.4mg、妊娠時で0.6mg、授乳期で0.5mgです。葉酸の量は神経管閉鎖障害の赤ちゃんを妊娠したことがある女性や、服用している抗てんかん薬の種類によって増やすことがありますので、主治医もしくは産婦人科の先生の指示に従ってください。
EURAP(ユーラップ)について
EURAP(International Registry of Antiepileptic Drugs and
Pregnancy)とは抗てんかん薬と子供に起こる障害の発現の関連を検討するために設立された、ヨーロッパを中心とした研究グループです。現在、参加国はアジア、
オーストラリア、南アメリカなど41ヵ国に及び、日本は2001年から参加しています。
その調査に協力している医師は、患者さんの状態についてのアンケートに答え、集められたデータは定期的に公表され、妊娠を望む患者さんに抗てんかん薬を処方する際に役立てられています。興味のある方は、下記にアクセスしてみてください。
アンケート項目
- 「抗てんかん薬を服用している女性が妊娠したとき」
- 「妊娠経過(24週、28週の時点)」
- 「生まれた赤ちゃんの状態」
- 「生後1年での状態」
- 関連サイト
- EURAP JAPAN
出産
一般に、てんかんの女性でも自然分娩が可能で、90%以上の人が通常の出産方法で赤ちゃんを産んでいます。
但し、分娩中に発作が起きた場合は、胎児の脳に十分な酸素が行かない低酸素状態が続くことで胎児への障害が心配されます。そのような場合は、分娩中に発作を抑える薬剤が投与されます。これは、薬の影響よりも発作による胎児への影響を考えるためです。また出産した子供の出血予防のために新生児にはビタミンKが投与されます。
1)主治医と産婦人科医との連携
てんかんの方が出産する場合には、主治医と産婦人科医との連携が大切になります。産婦人科の担当医にも、てんかん発作のリスクをきちんと理解してもらうことが重要です。そのために、てんかんの主治医から産婦人科の担当医へ紹介状を書いてもらったり、産婦人科の担当医がてんかんの主治医に適切な方法で連絡がとれるようにしておくと良いでしょう。
これらの準備をしておけば、体重増加による薬の血中濃度の減少や、発作の増加などによる薬の使用や変更にも、適切に対応してもらえて安心です。また妊娠中は、本人そして胎児のために、少しでも不安やストレスを減らすようにしましょう。
2)生まれる子供がてんかんになるリスクは
一般女性の場合、出産する子供がてんかんを発症する人口当たりの割合は約1%と言われています。一方、てんかんを持つ女性の場合の発症割合は8~9%で、90%以上の子供はてんかんを発症することはありません。また父親がてんかんを持っていて、母親がてんかんでない場合に子供がてんかんを発症する割合は2~3%と言われています。
(兼子直
: てんかんと妊娠、治療75 : 270-273,1993)
育児
出産後に抗てんかん薬の血中濃度が増加する人が見られます。そのような場合は抗てんかん薬の量を調整することがあり、抗てんかん薬の血中濃度測定が大切になります。また出産後は育児のために母親が睡眠不足に陥りやすく、それが発作の悪化を招くこともあるので、家族の協力が大切になります。
母子の安全のため、母親の睡眠不足を避け、授乳や着替えは床で行い、一人で子供をお風呂に入れない、階段はできるだけ避けるなど、日常生活に一層気を付けましょう。
1)授乳について
子供を出産した多くの女性は母乳で育てたいと考えるのが一般的ですが、抗てんかん薬を服用していると、子供への影響も気になります。薬の種類によっては、母乳を通して子供に薬が移行することもあるため、抗てんかん薬を服用している場合には哺乳力の低下・眠りすぎなど赤ちゃんの様子に注意が必要な場合もあります。医者はこれらのことも考慮しますので、主治医とよく相談してください。
2)睡眠不足に注意
てんかんのある方にとって睡眠は大切ですが、育児中の母親としてはどうしても睡眠不足を避けられないこともあります。
赤ちゃんには昼夜の区別なく手が掛かり、子供が寝た時にしかできない家事もあるからです。睡眠不足の状態では、子供を抱いている時に発作を起こし、子供に怪我をさせてしまうことも考えられます。自分一人で育児を抱え込まず、パートナーやご家族に状況を十分に理解してもらい、分担して手伝ってもらうと良いでしょう。
自分のためではなく、子供のために、抗てんかん薬の規則正しい服用と睡眠を上手にとるよう心掛けましょう。
3)出生児の発達について
抗てんかん薬を服用中の女性から誕生した一部の子供で、認知機能の発達が遅れていたという調査結果もありますので、定期的に発達検査を受けるようにしましょう。もし問題がある場合にも早い段階から対処すれば、その後の経過が良くなる可能性もあります。これらの点も含めて十分に主治医に相談しましょう。
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