教員のお仕事と、家事育児で忙しく毎日を過ごされていたミナさんは、42歳の時に髄膜腫がきっかけで、てんかんを発症しました。一度は絶望の淵に立たされた彼女ですが、家族思いのご主人や、息子さんに支えられ、大好きなお仕事をしながら、いきいきと日々を過ごされています。今回は、そんな彼女のストーリーをお伺いします。
てんかんを発症された頃のことを教えていただけますか。
てんかんの発症は42歳の時、髄膜腫の手術を受けてから、およそ2ヵ月後に強い発作があらわれたのがはじまりです。
発症後は、3日おきに発作が起きて、抗てんかん薬を飲んでも発作が抑えられないという状況でした。このまま一生発作が続く病気になってしまったのではと動揺し、まさに足元の地面が崩れ落ちていくような感覚に陥りました。その後、投薬の効果があらわれるのに半年以上かかったのですが、その間、死を意識したことが何度もありました。当時は、いつ発作が起こるのかわからず、怖くて夜も眠れず、抗てんかん薬以外に睡眠薬を服用するような引きこもりの生活を続けていました。
発症後1年半が経った頃、恩人の勧めもあり、小学校の支援ボランティアを始めました。そこで子どもたちと接するうちに自然と発作のことを忘れることができ、夜もぐっすりと眠れるようになったのです。自分が本当に好きだと思えることに夢中になれたことが、立ち直りのきっかけになりました。
ご家族にとっても、大変な時期でしたよね?
発症した時、夫が単身赴任で、中学一年生だった息子が寄り添ってくれたことが心の支えになりました。また、夫も任期の最中ではあったものの、私がてんかんと診断されてから、4ヵ月後には、仕事の都合をつけて家族の元へ戻ってきてくれました。この家族の支えがなければ、今の自分はなかったと思いますし、本当に感謝しています。
自助の会にも参加されるようになられたのですね?
ある時、私の両親がてんかん当事者による「自助の会」主催の講演会の新聞記事を見つけてくれました。その時までは、自分の「てんかん」という病気が怖すぎて目を背けていましたし、一般の書籍からの情報や、先生からのお話も、自分ごととして捉えられず、心の支えにはなっていませんでした。そこで、一念発起して、自助の会の講演会に参加したのです。そこで知ったのは、「てんかんというのは自分でコントロールできる疾患」だということでした。
さらに、この自助の会のサークル活動で、初めて同じてんかんを抱える友人たちを得たことで、自分がてんかんとどのように付き合っていくかを、正面から考えられるようになりました。自助の会では、てんかんについて普段から感じていた素朴な疑問や日々の悩みをたびたび聞いてもらい、今でも大きな支えです。
ご自身の体験は、教員というお仕事の上でどのように活かされているのでしょう?
私自身、この仕事が大好きで、続けていきたいと思っていましたが、てんかんを発症し、発作を繰り返しているうちは、もう学校というハードな職場に戻ることはないと思っていました。しかし、小学校のボランティアで子どもたちや先生方と一緒に過ごすだけで気持ちが前を向き、やはり私にはこの仕事しかないと思い直しました。
また、心身ともに苦しい時期を経験したことによって、てんかんになる前の教員生活よりも、学校生活や家庭生活などで様々な困難さを抱えている子どもたちや保護者の方に、より良い対応ができるのではないかと思っています。
学校現場では、特に、てんかんに関しては、自分の体験や症状を周りに伝えることで、てんかんに限らず、アナフィラキシーなどの様々な発作に対して、緊急時にどう対応していけば良いのかをよく知ってもらえるきっかけになると思います。
また、てんかん発症後に担任したクラスの中には、てんかんを持つ児童もいましたが、親御さんが発する言葉の行間を理解することができ、その悩みに対するより良い対応策を、一緒に考えられました。
息子さんも、大人になってから、てんかんを発症されたのですね?
息子は大学一年生の時、てんかんを発症しましたが、手術をして、今は薬でコントロールがうまくいっています。もちろん、初めは驚きましたし、ショックも受けました。しかし、自分が乗り越えられていたおかげで、怖がることなく初期の対処や、治療方針などについて素早く決断できるようになっていました。息子も、私に寄り添ってくれてきたこともあって、自分の病気についても、しっかりした意識で向き合えているのだと思います。
ミナさんの今後の目標について教えてください。
かつて、てんかんの発作で意識がなくなり、命が危ないと思った時、「担任がやりたい!」という心の声が聞こえました。もっと多くの子どもたちに出会い、その成長を見届けたい。てんかんは、私にとって大きな試練ではありましたが、大好きな教員という職業がどれだけ自分を支えてくれているのかがわかりました。
そして、この試練を一緒に乗り越えてくれた、夫と息子と積み重ねる時間を、これからも大切にしていきたいと思っています。
てんかんと診断された方や、当事者の方々へ
病気でしんどい時、できないことが多い時、つらい気持ち、マイナスな気持ちがついつい大きくなってしまうと思います。一日に一つでも、ほっこりできること、笑えること、楽しいと思えるプラスのことがあればいいなと思います。それが少しずつでも増えていくといいですね。
私のプラスの気持ちを大きくしたものは、①好きなことをする、②気の合う人と会う、③てんかんのことを気にしない時間を増やす、④人のために時間を使う、⑤一日の終わりに、その日良かったと思ったことを書くといったことでした。
振り返ると、気持ちの持ちようが症状に影響すると実感しています。てんかんも含めた「丸ごとが自分」であると受け入れ、自分のできることを一生懸命やっていくことが大切であるように思います。困ったこと、しんどいことなどは、担当の先生、家族、周りの人、薬の力などに頼るなど、状況を理解してもらうことで、ストレスが小さくなり、前向きに生きる力が沸いてきました。また、一人で抱え込まず、自助の会などに参加して同じ立場の人たちと交流することも、心の重荷を軽くする助けになると思います。
てんかんを持つお子さんの周りの大人の方々へ
病気や障害などの困難を抱える子どもが育つ時の大人の役割は、大きく言えば健康と言われる子どもを育てる場合と変わらないと、私は思います。
例えて言うと、子どもの目には見えない、とてつもなく広い防護ネットを張って、それを普段は子どもには感じさせず、興味関心に沿って伸び伸びと生活や学習ができるようにサポートする。そして、子どもをよく見て、話をよく聞いて、大人の出番が必要な時に、ネットが発動できるように準備しておく。そのネットは同時に、子どもが安心したくて、見たくなったら現れる、ふわふわの防護ネットです。
子どもたちが、自分の持てる力をこの世界で思い切り発揮できますように。先に生まれた者の一人として、その助けができたらと思います。
取材日:2022年11月